断捨離のすすめ

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モノを捨てればうまくいく 断捨離のすすめ (DO BOOKS)

モノを捨てればうまくいく 断捨離のすすめ (DO BOOKS)

川畑のぶこ氏のこの本の内容を元にした、漫画、「断捨離アンになろう!」と、その続編を持っているので、この本は本屋で立ち読みするだけで済ませていた。
漫画と同じ内容だとわかっているのだが、それでも頭の隅に引っかかっていたのでブックオフで105円で売ってるのをみつけて購入。

断捨離などという言葉がはやりだすはるか前から、私は自分の物欲をどうコントロールするべきか考えていた。
時はバブル真っ最中だったので、時代に逆行もいいとこである。

いや、むしろバブルだったからかもしれない。
欲しい物は後から後からあふれてくるのに、それを全て購入することはできない。
仮に購入する事が出来たとしても、ではそれを使いこなすことができるか?
買いたいけど買えない、と、ただ鬱々とするのではなく、自分の欲望に正面から向き合ってみようと思ったのである。

とりあえず買えるかどうかは考えずに、欲しい物を分野別にリストアップして、
リスト内容の物を、
なぜ欲しいのか。
購入できるとしたら置き場所と値段の事を考えて何年後か。
現在の住まいにいる限りはこの種類の物(ご飯茶碗とか)はいくつまで。
これだけの広さになったらいくつまで。
その判断基準は購入した後の使用可能頻度と購入した物の廃棄までの使用回数目安。
どれだけの頻度で使用すれば自分自身が元を取った、活用していると思える回数か。
1回あたりの使用につき、使用料金はいくらになるか。

これらを欲しいと思った全ての物について考えていった。

一人の人間が1回使ったら廃棄するのでない限り、死蔵せずに使用可能なご飯茶碗の使用頻度は、最大で1日3回の食事X365日分しかない。

現実には、1日3回食事しない日も、ご飯茶碗を使わない食事の事も、外食する日もある訳で、どんなに沢山欲しい食器があっても、活用の満足度を考えると仮に置き場が無尽蔵にあったとしても、そんなに量は持てないという事になる。

では、その限られた数量を、世界で一番貴重な、「自分の住まい」の収納に治める物を、数ある候補の中からどうやって選ぶのか。

自分の身の回りで使用する物の最大所有個数を割り出し、リスト化し、そのときの生活で確実に使用する使い回しの出来る基本物品からそろえて行った。
金蒔絵のお正月用のお椀を、欲しいから今買うのではなく、毎日使うみそ汁椀の上等な物をまずは買う。
お正月用の蒔絵のお椀は、置き場所とお金に余裕が出てから買えばいい。
上質な漆の、簡素な湾であれば、食卓のしつらえで正月らしい華やかさを出す事は出来る。
それは簡素な豊かさであり、「買えないから不幸せ」ではない。

これは、少なくとも私のような「管理好き」のタイプの人間にとっては、際限なく物欲が肥大化するのを止めてくれた。
この世にはすてきな物が無限にあり、日本という国は世界一すばらしい物が豊富にある夢の国である。

すばらしい品質、デザイン、機能を持った、自分が持っていない製品を目にすれば物欲が刺激されて当然だ。
しかし、いくら機能がすばらしくても、デザインがすてきでも、品質が良くても、一人暮らしの生活にジューサー10個はいらないし、包丁だって20本もいらない。

物に魂が宿るとごく自然に考える日本人には「飽きた」といってまだ寿命のある物を捨てるなどというのはかなり精神的な負担を伴う行為だ。
何か特別の事情があって一度に大量にジュースをつくらなくてはならないから、作業の効率化の為に複数代所有する、とかいう生活様式からくる効率化のための需要があるなら、必要な所有数は増減するだろうが、普通は1台、大抵の日本人はジューサーなど買ったところで使いもしないのだから、その場合は0よいわけである。

厄介なのは「機能」で買うのではなく、「デザイン」に魅かれて数を購入してしまう服飾関連品である。
この色は持っていない。
この柄は持っていない。
この形は持っていない。
この素材は持っていない。

・・このような理由で服飾品を購入するのだとしたら、手持ちの物と少しでも違う物で、自分がすてきだと思った物全てが購入対象になってしまう。
なぜなら、ジューサーのような「使う目的が明確」な物はたとえデザインが違ったとしても、既に同じ「機能」を満たす製品を所有している場合、「既にある」という意識が働く。
デザインが違っても、機能が同じならば買う理由はない。
(だから家電メーカーは過去の家電と機能面での差別化を必至で行って来た訳だ。そうでなければ、元の物が壊れない限り買い替え需要が起きようも無い)
しかし、服飾品というのは上記のようにデザインが違うという事だけで購入する理由になるから質が悪い。

だから、「目に入ったすてきな物」を購入しないためには、自分が生活する上で確実に使用する服飾品の種類、購入した物をシーズンあたり何回来たら元を取ったと思えるのか、最低でもこの2項目に関して自分の生活上のルールを決め、服飾品も「機能」化することで購入する意欲を抑えるしかない。

「かわいいコート」→手持ちのコートが2枚→別の色だけど、スプリングコートを3枚にしたとすると、毎日コートを着るとしても春秋あわせて1枚あたり最大27回くらいしか、1年で着れない→コートは最低でも200回は着てから捨てたい→6年は同じコートを着る事になる・・・

この他に、ストレスにならないように保管する余裕があるのか、などの要因も重なる。
使用回数を守る為には、手持ちを少なくして廃棄までの期間を短くするのと、保管場所を増やして沢山持ち、長く同じ服を着る、という二つにひとつである。
どちらを選ぶかは個々人の生活環境や生活哲学によるだろう。

沢山の洋服を持つ事で長くお気に入りを着れる、おしゃれも出来る、そのため保管場所やクリーニング代がかさむのは仕方ないという人
毎年欲しい服が出てくるのだから、数を少なく、きる回数を多くして早く廃棄し、新しい服を買う事をおしゃれと思う人。

洋服に関しても、食器に関しても、化粧品に関しても、上記のルールを決めて、どのような暮らしがしたのか明確にした結果、完全に自分が物を支配していると思えるようになった。量があっても、「使っていない物はない」状態が私には心地よかったからである。

今年のはじめに、「食料品」の断捨離を行い、保存食料の総量規制にほぼ成功した。
乾物や、缶詰、パスタ、調味料など、保存食料品を買うのが大好きな上に、スーパーで安売りをしているとついつい、「底値買い」の言い訳のもと購入して腐らせたり、冷蔵庫がパンパンになったり・・

これを、1月の間に食べた食料品を記録し、それが最低必要ラインの数量、肉、魚、生鮮野菜に関してはその量以上の備蓄外はしないと心に決めた。
乾物、缶詰、乾麺なども、1月の使用量+非常備蓄+安売り店への買い物インターバル期間を乗り切れる量をはじき出した。
結果、食料品をきちんと使えていないという罪悪感から解放された。
長かった・・。

これで後は片付かないのは、いつかモノにしようと溜め込んだ、洋裁用の布地を裁断して整理する事。
毎日こつこつ作業を進めて「死蔵」状態から脱する事。
本棚からはみ出した本のスキャンを行って、床の上に本が積まれる事をなくし、新規購入の本を置く棚、裁断してスキャンする本の候補を置く棚をつくって二度と床の上の本の階段をつくらない事

これが出来れば、断捨離の最終到達地、

「オートラン」の人生が手に入るはず。



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